今、夫と二人で暮らすこの中古の家の元々の家主さんは若い方であって、だから何となく作りが新しい感覚でお洒落なのです。私の寝室の壁の一面などはピンク色の壁なのです。
そのピンク色は、私が愛用する、例えばホルベインの透明水彩絵具のオペラとはやや違って、それよりもビビットさを抑えた、少しだけ黄味も混じったような、言うならば若干サーモンピンクにも近いような、そんなピンクで、だからオレンジとの相性もいい。
そのピンクの壁際にはベッドを置いている。うちでは、私の絵なんぞも飾っているが、ベッド側に重たい額装の絵を飾るのはちょっと危ないかも。そこで私はベッドの頭の方向の壁には、昔自分で糸染めもして織った、うずら絽という織り方の、オレンジと言うか、朱色と言った方が良いのか、そんな色の薄手のショールをピンで留めて飾っている。
うずら絽を手作業ではなく織まかせで織るには、織り機の経糸を上下させる綜絖の中の、空いている綜絖に経糸を自動的に交差させる糸綜絖の仕掛けを何本も一本づつ手で付ける準備が必要だ。
なーんて書いても、一体何のことやらわからないでしょう。ま、とにかくすっごい面倒くさい事をしなくてはならない、経糸を張る前に。
そんな事をしたのは染織1年生か2年生の時、今から25年程前、まだ実家に居座って居た頃だ。
私は、現在、細かいデッサンとかあまり好きではなく、細かく写実に描くのも好きでは無いのだが、何だか、そのうずら絽の糸綜絖の仕掛けを作ったりするような、いやに面倒臭い事は実は好きだったりしたのだ。それは考えてみたら、刺繍が好きだった母譲りなのだろう、きっと。
刺繍というのも、かなり細かい面倒な作業の繰り返しだが、母は少しづつ少しづつ刺繍糸の針目が増えて行く工程を好んで楽しんでいたのだと思う。もちろん何色もある刺繍糸の色も楽しみながら。
話を戻して、ベッドの足元の方のピンクの壁には、4年前、私が一番最初に大磯で参加したグループ展に出した、サムホールの大きさのパネル張りの絵を飾っている。ホルベインの確かキクナリドンマゼンタ、キクナリドンバイオレットそれらの色がメインだったかと。薄めたつまり壁のピンクとは違うブルーが勝ったピンク、そしてそれらの絵具の生の濃い色。わかりやすく言えばボルドーの濃淡と言えば近い。壁との相性はいかがかな。
当時、その絵のタイトルはマザーとした。私の母を思って。
ところが、その絵をしばらく眺めているうちに、いや、これはマザー&ドーター、母と娘だと思った。手前の美しい感じが母、その影に隠れる奥の歪なものが娘、つまり私だ。
母は、娘の私が言うのもなんだが、結構美人さんだった。華やかな人だった。
でもお調子者で、人の話を全然聞かない、超マイペースな人で、近頃、自分が母に激しく似て来たと自覚している。困ったもんだ。老化の一つだろうか。
でも華やかにはなってはおらず、歪なままプラスこの状態だから、本当に困ったもんだ。
